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東京地方裁判所 平成10年(ワ)14207号 判決 1999年7月30日

原告

X1

X2

右訴訟代理人弁護士

小室貴司

被告

株式会社a銀行

右代表者金融整理管財人

Y1

Y2

預金保険機構

預金保険機構代表者理事長

右訴訟代理人弁護士

田辺信彦

田辺邦子

伊藤ゆみ子

中西和幸

市川佐和子

平野双葉

安田和弘

鈴木仁史

主文

一  被告は、原告X1に対し、金三五四万七四七六円、原告X2に対し、金三三万四四七六円を支払え。

二  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告X1と被告との間では、同原告に生じた費用の五分の四と被告に生じた費用の五分の二を同原告の負担とし、同原告に生じた費用の五分の一と被告に生じた費用の一〇分の一を被告の負担とし、原告X2と被告との間では、同原告に生じた費用の二〇分の一九と被告に生じた費用の四〇分の一九を同原告の負担とし、同原告に生じた費用の二〇分の一と被告に生じた費用の四〇分の一を被告の負担とする。

四  この判決は、原告ら勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

一  申立て

1  原告ら

(一)  被告は、原告X1に対し、金一九五二万四九一七円、原告X2に対し、金一二八五万二〇〇〇円を支払え。

(二)  訴訟費用は、被告の負担とする。

(三)  仮執行宣言

2  被告

請求棄却

二  事案の概要

1  本件は、原告らが提起した別件の建物収去明渡請求訴訟において、当該事件の被告の補助参加人として関与した本件被告の応訴態度及び当該被告のために賃料として一旦弁済供託した供託金の取戻しを受けた本件被告の行為が原告らに対する不法行為に当たるとして、原告らが被告に対し損害賠償を求めた事案である。

右の被告の行為の不法行為該当性が本件の争点である。

2  基本的事実関係(証拠を摘示しない事実は、争いのない事実である。)

(一)  Bは、別紙物件目録≪省略≫一、二記載の土地を所有し(当時は併せて一筆の土地であった。昭和五一年に分筆。以下「本件土地一」、「本件土地二」という。)、昭和四一年四月頃から、これを(株式会社石渡製作所(自転車、自動車の部品製造業。以下「石渡製作所」という。)に賃貸した(以下「本件賃貸借」という。石渡製作所は、同土地上に別紙物件目録三記載の建物(以下「本件建物」という。)を所有し、本店事務所兼工場として使用してきた(≪証拠省略≫)。

(二)  Bは、昭和五〇年一〇月八日死亡し、原告X1が本件土地一を、原告X2が本件土地二をそれぞれ相続により取得するとともに、本件賃貸借の賃貸人の地位を承継した。

(三)  本件賃貸借の賃料は、毎年三月三一日限り、当該年の四月一日から翌年三月三一日までの一年分を一括前払いすることとされていたところ、石渡製作所は、平成五年三月三一日までの間に、原告X1に対しては平成四年四月一日から平成六年三月三一日までの二年分の賃料の、原告X2に対しては平成五年四月一日から平成六年三月三一日までの一年分の賃料の、各支払をしていない状態にあった(当時の賃料額は、原告それぞれにつき、年額三二一万三〇〇〇円であった。)。

(四)  そこで、原告らは、平成五年五月七日付(同月八日到達)の内容証明郵便で石渡製作所に対し、右賃料不払いを理由として、本件賃貸借を解除する旨の意思表示をした上、同年六月二三日、石渡製作所を被告として、建物収去明渡請求訴訟(本件建物収去・本件土地明渡、未払賃料及び解除後の賃料相当損害金の支払〔具体的には、原告X1に対し平成四年四月一日から、原告X2に対し平成五年四月一日から、本件土地一、二明渡しまで、それぞれ一か年三二一万三〇〇〇円の割合による金員の支払〕を求めるもの)を提起した(横浜地裁川崎支部平成五年(ワ)第三八一号、以下「別訴」という。)。

(五)  被告は、石渡製作所の債権者で、昭和五九年九月七日付(同月四日付設定契約)で本件建物上に極度額四〇〇〇万円(後に増額して九〇〇〇万円)の根抵当権設定登記を有する根抵当権者であるところ(≪証拠省略≫)、原告X1に対しては平成五年七月二七日、原告X2に対しては同年八月二日、それぞれ本件賃貸借に基づく未払賃料を石渡製作所に代わって被告が支払う旨申し出て、本件賃貸借の賃料支払につき現実の提供をしたが、原告らは、いずれもその受領を拒絶した。

そこで、被告は、石渡製作所に代わって、横浜地方法務局に対し、平成五年七月二七日、被供託者を原告X1として、平成四年分及び平成五年分の賃料及び遅延損害金として合計六六七万二九一七円を、同年八月二日、原告X2を被供託者として、同期間の賃料及び遅延損害金合計六六七万八一九八円を、各弁済供託し、その後は、平成六年から同八年まで毎年四月、原告らそれぞれに対し、年額賃料として三二一万三〇〇〇円ずつを弁済供託した。

(六)  別訴の経過は、概ね次のとおりである(≪証拠省略≫)及び弁論の全主旨)。

(1) 被告は、平成五年八月一六日付の書面で別訴被告石渡製作所に補助参加する旨の申し出をした(石渡製作所の仮差押債権者兼抵当権者である東部自転車工業協同組合(以下「東部組合」という。)も同別訴被告に補助参加した。なお、被告及び東部組合は、平成七年六月ないし同年八月、後記の訴訟の経過からみて、別訴は、原告らと石渡製作所の馴合訴訟であって、被告ないし東部組合の権利を害するものであることを主張して、旧民訴法七一条前段に基いて当事者参加する申立てをし、以後補助参加人兼当事者参加人として訴訟に関与してきたが、平成八年三月一四日、右当事者参加申立事件をそれぞれ取り下げた。)。

(2) 第一審の手続は、平成五年八月二三日(第一回口頭弁論期日)から平成九年七年二八日(第二九回判決言渡期日)まで行われた。

石渡製作所は、第一回期日に答弁書(請求原因に対する認否なし)を提出(陳述擬制)したほかは、平成六年一〇月二四日の第一〇回期日まで一度も出頭せず、その間は、専ら、石渡製作所の補助参加人である被告の代理人が出頭して原告らに反論し、本件賃貸借には無催告解除を許す特約はなく、仮に、あったとしても、不払いの回数が一回又は二回にしか過ぎず、被告が第三者供託をしていることからみて、本件賃貸借の信頼関係を破壊したと認めるに足りない特段の事由があると主張した。その後、平成七年四月六日の第一二回期日からは、石渡製作所(ただし、代表者がCからDに交代した。)の代表者ないし訴訟代理人が出頭して、原告らの主張に反論した(石渡製作所として請求原因に対する認否をしたのは、平成七年六月三〇日の第一四回期日である。)。そして、各当事者から書証が提出され、証人E、同Fの尋問が実施されて判決に至った。

(3) 別訴の争点は、ア 本件賃貸借の解除が有効かどうか、その前提として、本件賃貸借には無催告解除を許す特約があったか、仮に、あったとしても、本件賃貸借の信頼関係を破壊したと認めるに足りない特段の事由が認められるか(不払いの回数が一回又は二回にしか過ぎないこと、被告が前記のとおり第三者供託をしていることからみて)、また、イ 石渡製作所の代表者の交代を賃貸借の無断譲渡とみて、これを理由とする本件賃貸借解除が認められるか、であった。

(4) 第一審判決(平成九年七月二八日言渡し)は、本件賃貸借契約に無催告解除の特約があったことを認定し、不払額が多額であること、石渡製作所の事業の継続は、その経営状態からみて事実上不可能であったこと、被告のした第三者供託は解除の意思表示及び別訴提起の後にされたこと等を考慮すれば、賃貸借の信頼関係を破壊しないと認めるに足りる特段の事情があるとは認めがたく、賃料不払いを理由とする解除の意思表示は有効である、として、石渡製作所に対し、本件建物収去・本件土地明渡及び本件賃貸借解除の日の翌日から明渡済みまでの年額三二一万三〇〇〇円の割合による賃料相当損害金の支払を命じたが、原告X1の平成四年四月一日から本件賃貸借終了の日である平成五年五月八日までの年三二一万三〇〇〇円の割合(一日当たり八八〇二円、三六五日の日割計算、円未満切捨て)による、原告X2の平成五年四月一日から同年五月八日までの同じ割合による、各賃料請求部分(以下「本件賃料請求部分」という。)は、補助参加人である被告がした第三者供託により消滅したとして、その請求を棄却した。

右第一審判決の石渡製作所敗訴部分につき、被告が石渡製作所補助参加人として控訴した(東京高裁平成九年(ネ)第三七三八号、原告らは控訴していない。)。

(5) 控訴審の第一回口頭弁論期日は、平成九年一二月一日に開かれた。

右期日においては、控訴状が陳述され(原告らは、控訴棄却を申し立てた。)、書証が提出されただけで、弁論は終結され(判決言渡し期日は、平成一〇年二月四日と指定された。)、和解が勧告された。

(6) そして、右による和解期日は、同月九日に開かれたが、合意成立の見込みがないものとされ、右期日のみで和解は打ち切りとなった。

控訴審の判決は、言渡し期日が同年三月一一日と変更された上、同日、言い渡された。その内容は、一審判決と基本的には同一の認定判断に基づき、控訴を棄却するものである。

(7) 石渡製作所は、同月二四日、右控訴審判決に対し上告した(最高裁平成一〇年(オ)第一三四二号)が、最高裁第二小法廷は、同年一〇月一二日、控訴審の認定判断を支持して、上告を棄却した。

(六)  ところで、被告(石渡製作所補助参加人)は、別訴控訴審の和解期日が不調となった平成九年一二月九日の直後である同月一二日、それまで石渡製作所のために原告らを被供託者としてした弁済供託した供託金全額(原告X1を被供託者とするもの一九五二万四九一七円、原告X2を被供託者とするもの一二八五万二〇〇〇円、この中には、別訴第一審判決において、弁済供託の効力が認められて、原告らの請求が棄却された本件未払賃料請求部分に対する供託金が含まれている。)を横浜地方法務局から取り戻した。

3  争点に関する当事者の主張

(一)  原告ら

(1) 被告が、別訴において石渡製作所の補助参加人としてした訴訟活動等は、原告らの本件土地の所有権者及び本件賃貸借の賃貸人としての権利行使を故意又は過失により阻害する不法行為である。すなわち、

ア 当時、石渡製作所は、既に経営が破綻して再起不能の状態にあり、本件賃貸借継続の意思も能力もなく、本件土地の明渡しにも応じる意向であった。

イ しかるに、被告は、このことを知り又は容易に知り得たから、原告らの訴えに応訴する理由がないことを認識し、又は認識できたにもかかわらず、自己の担保権を維持するため(被告は、自己の担保権を確保するため、予め原告らの承諾をとり、解約前に通知を受ける約束も取り付けていない。)、本件賃貸借の継続を図る意思もないのに、強引に別訴に補助参加するとともに、前記のとおりに弁済供託をし、訴訟を主導的に遂行して、原告らの権利行使を阻害した上、前記のとおり、自ら原告らを被供託者とする前記供託金を取り戻してしまった。

供託金の取戻しによって、供託の効力は遡及的に消滅するから、被告は、結局、別訴において、供託の効力が生じたように装って抗争したことになり、不当抗争として評価されるべきである。

また、被告の右の行為は、被告が自己の主張が認められなければ供託金を取り戻すという既定方針のもとに不当抗争したことを推認させるものというべきである。

ウ したがって、被告は、自己の訴訟活動等により、石渡製作所による本件土地の不法占有を継続させたものであるから、石渡製作所と共同して、原告らに対し、本件土地の賃料及び賃料相当損害金相当の損害を賠償すべき義務がある。

エ 右損害は、少なくとも、被告が原告らを被供託者として弁済供託し、後日取り戻しをした前記供託金の金額を下らないものというべきであるから、被告は、原告X1に対し一九五二万四九一七円、原告X2に対し一二八五万二〇〇〇円を各支払うべきである。

(2) 被告が原告らを被供託者とする供託金を取り戻したことは、それ自体、原告らに対する不法行為に当たる。すなわち、

ア 右の供託金取戻し行為は、被告が別訴において本件賃貸借継続を主張してきたことと矛盾するものであって、被告が右主張を誤りと自認した結果に他ならない。

イ 少なくとも、別訴第一審判決によって弁済供託の効力が認められて、原告らの請求が棄却された本件賃料請求部分に係る供託については、当該請求部分は、上訴審の審判の対象から除外されたのであるから、供託を有効と宣告した判決が確定した場合に準じ(民法四九六条一項)、供託金を取り戻すことは許されないものと解すべきである。

(3) 被告は、石渡製作所の利害関係人として原告らを被供託者とする第三者供託をしたことによって、石渡製作所の債務を自ら負担することを承認したものというべきであるから、被告が右供託金を取り戻したとしても、右債務負担の意思表示自体を撤回することは許されない。

原告らは、供託金の還付を受ける権利を放棄したことはない。

(二)  被告

(1) 別訴における被告の訴訟活動が不法行為を構成するとの主張は争う。

被告は、別訴において、訴訟の結果に利害関係を有する第三者として、自己の固有の利害を守るため許される限度の訴訟活動をしたにすぎないから、右行為は違法性がない。

(2) 被告が供託金を取り戻したことが、原告らの権利を侵害するとの主張は争う。

ア 原告らは、被告が原告らそれぞれを被供託者としてした弁済供託に対し、本件賃貸借解除の主張に固執し、長らくその受領を拒んできたものである。被告は、正当な手続に従って、供託金の払戻しを受けたにすぎない。被告が供託金の取戻しをしたからといって、被告が自らの主張を誤りと認めたことになるものではない。

イ なお、被告が、本件賃料請求部分に係る供託金についてまで取戻しをしたことに違法性はない。

すなわち、右の判決の判断は、理由中の判断に過ぎないから、文言上民法四九六条一項の場合には該当しない。

また、原告主張のように解すると、被告は、第一審において勝訴した本件賃料請求部分についてのみ負担を余儀なくされるから、実質的にみて不利益変更の原則に反する。

当時、原告らは、既に倒産していた石渡製作所から賃料ないし賃料相当損害金を回収することは到底期待できない状況にあったにもかかわらず、本件賃貸借の解除に固執し、供託は無効であると主張して、供託金の還付請求権を放棄する意思表示をしていたのであるから、原告の利益を保護する必要性は存在しないし、原告が今更、被告の供託金取戻しを非難することは禁反言に反する。

なお、被告は、第三者として供託したものであり、被告による取戻しを認めたとしても、原告の石渡製作所に対する債権は存続するのであるから、なんら不当な結果にもならない。

(3) 被告が供託したからといって、被告が、石渡製作所の債務を自ら負担することを承認したことになるものではない。

三  当裁判所の判断

1  別訴における被告の不当抗争について

(一)  原告らは、被告が、別訴において、石渡製作所の補助参加人としてした訴訟活動等は、原告らの本件土地の所有権者及び本件賃貸借の賃貸人としての権利行使を故意又は過失により阻害する不法行為である、と主張する。

(二)  法的紛争の当事者が当該紛争の終局的解決を裁判所に求めることができることは、法治国家の根幹にかかわる重要な事柄であるから、裁判を受ける権利は最大限尊重されなければならず、不法行為の成否を判断するに当たっては、いやしくも裁判制度の利用を不当に制限する結果とならないよう慎重な配慮が必要とされるところ、このことは、訴えを提起する場合に限らず、被告として応訴する場合にあっても妥当するものというべきである。このような見地に立つと、民事訴訟に応訴した者が敗訴の確定判決を受けた場合において、当該応訴が相手方に対する違法な行為といえるのは、当該訴訟において、応訴者の主張した権利又は法律関係が、事実的、法律的根拠を欠くものである上、応訴者が、そのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たといえるのに敢えて応訴したなど、当該応訴が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られるものと解するのが相当であり、このことは、被告のための補助参加人についても基本的に同様に解するのが相当というべきである(訴えの提起に関する最高裁第三小法廷昭和六三年一月二六日判決・民集四二巻一号一頁参照)。

(三)  別訴及びそこにおける被告の補助参加人としてした訴訟活動等の経緯は、前記事実関係のとおりである。

そして、別訴において争われた前記各争点は、右訴訟における基本的な争点であり、特に、本件賃貸借における信頼関係を破壊するに足りる特段の事情の有無の判断は、訴訟関係に顕れた事実関係を総合評価してされる規範的判断であるから、担保権者として本件賃貸借の存続に法律的利害関係を有する被告が当該事件被告である石渡製作所に補助参加し、必要な訴訟活動を行うことは、前記の裁判を受ける権利の当然の帰結であり、前記の別訴の証拠関係を検討しても、被告のした主張・立証が、事実的・法律的根拠を欠くものである上、被告がそのことを知りながら又は通常人を基準として容易にそのことを知り得たのに敢えて原告らの主張を争った等、右訴訟活動が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くものであったことを認めるべき証拠は、見当たらない。

当時、石渡製作所の応訴の意欲が乏しかったことは、前記事実関係から窺われるけれども、被告は、自らの担保権を保全するという固有の目的から補助参加したことは明らかであるから、石渡製作所の意向とは異なる立場で別訴に関与したからといって、これを違法視することは相当でない。そして、被告が石渡製作所のためにした弁済供託も、この意図に沿ったものと推認できるのであって、その後、前記のとおり前記供託金を取り戻したとしても、右行為から、直ちに、被告が自己の主張が認められなければ供託金を取り戻すという既定方針のもとに不当抗争したことを推認できるものではないし、供託金の取戻しによって、供託の効力が遡及的に消滅するからといって、被告が供託の効力が生じたように装って抗争したことになると評価すべきことにもならない。

(四)  そうすると、被告が、別訴において石渡製作所の補助参加人としていた訴訟活動等は、前記説示に照らし、違法ということはできないから、これをもって原告らに対する不法行為ということはできない。

原告らの主張は、採用できない。

2  供託と債務負担の承認について

原告らは、被告は、石渡製作所の利害関係人として原告らを被供託者とする第三者供託をしたことによって、原告らに対し、石渡製作所の債務を自ら負担することを承認したと主張するが、右のような供託をしたからといって、原告らに対するも右の債務負担義務が生じるということはできないから、右の主張は、失当というべきである。

3  供託金の取戻行為について

(一)  原告らは、被告が原告らを被供託者とする前記供託金を取り戻したことは、それ自体、原告らに対する不法行為に当たる、と主張する。

(二)  別訴第一審判決が、石渡製作所に対し、本件建物収去・本件土地明渡及び本件賃貸借解除の日の翌日(平成五年五月九日)から明渡済みまでの賃料相当損害金の支払を命じたが、原告らの本件賃料請求部分については、被告がした第三者供託により債務が消滅したとして、その請求を棄却したこと、右判決の石渡製作所敗訴部分につき、被告が補助参加人として控訴したこと(原告らは控訴していない。)、控訴審は、第一回口頭弁論期日に弁論終結となり、和解も一回の期日のみで打ち切りとなり、控訴棄却の判決がされたこと、石渡製作所は、右控訴審判決に対し上告したが、平成年一〇月一二日、上告棄却となったこと、被告は、右控訴審の和解期日が不調となった平成九年一二月九日の直後である同月一二日、本件賃料請求部分に関する分を含む供託金全額を取り戻したことは、前記のとおりである。

(三)  被告が取り戻した供託金のうち、本件賃料請求部分以外に係る供託金に関しては、原告らが供託を受諾する意思表示をしたことを認めるべき証拠はなく、また、供託を有効とする判決が確定したものでないことは前記のとおりであるから、被告がこれを取り戻したことは適法であり、右行為が不法行為を構成する余地はないものというべきである(民法四九六条一項)。

原告らの主張は、採用できない。

(四)  しかしながら、本件賃料請求部分に係る供託金(その金額は、別訴第一審判決の指摘する年間賃料三二一万三〇〇〇円、一日当たり八八〇二円を基礎として計算すると、原告X1につき三五四万七四七六円〔一年と三八日分〕、原告X2につき三三万四四七六円〔三八日分〕となる。)を取り戻した被告の行為は、訴訟上の信義則に照らし、原告らの権利を侵害するものであり、前記事実関係に照らすと、被告には少なくとも、右につき過失があると認めるのが相当であるから、被告は、原告それぞれにつき、不法行為に基づく損害賠償として、右供託金相当額を支払うべきである。

その理由は、次のとおりである。

すなわち、本件賃料請求部分については、別訴第一審判決によって、被告の主張に基づき、被告がした弁済供託の効力が認められた結果、原告らの請求が棄却されたのであるから、その反面として、原告らとしては、右供託金の還付を受けることによって、右請求部分の満足を受けることができることが予定されているのである。原告らが、右請求棄却部分につき控訴しなかったのは、この理由に基づくものと推認できる。そして、右部分については、勝訴した石渡製作所ないし被告(補助参加人)から控訴することはできず、したがって、本件賃料請求部分については、以後控訴審及び上告審の審判の対象から除外されたことになる。被告が、控訴審の弁論終結前に供託金の取戻しをしていれば、供託の効力は遡及的に失われるから、原告らは、右部分につき附帯控訴することによって、右部分を審判の対象とすることができ、右につき請求認容の判決を得ることも可能であったが、被告は、控訴審の弁論終結後(和解が不調になった直後)に供託金の取戻しをしたのであるから、原告らとしては、そのような措置をとる余地もなかった。

確かに、上告棄却に至るまで、本件賃料請求棄却部分を含む別訴第一審判決は確定していないから、民法四九六条一項所定の「供託を有効と宣告した判決が確定した場合」には当たらず、したがって、その間、被告が右部分に係る供託金を取り戻すことは手続上は可能であろう。

しかしながら、前記の別訴の事実経過からみれば、原告らとしては、本件賃料請求部分については、被告がした弁済供託による供託金の還付を受けることできると信頼するのが当然であり、被告としてもこれを予期して然るべきであるから、右信頼は不法行為法上保護されるのが相当であって、被告は、訴訟上の信義則に照らし、右信頼を裏切って供託金を取り戻すことは許されないものと解すべきである。

(五)  被告は、前記のとおり、被告が本件賃料請求部分に係る供託金を取り戻したことに違法性はないと主張する。

本件が民法四九六条一項の場合には該当しないことは前記のとおりであるが(もっとも、判決の理由中の判断であっても、同条項の適用を妨げないことは当然である。)、右のように解したからといって、被告の主張に基いてされた判断である以上、何ら不利益変更の原則に反するものとはいえないし、原告らが供託金の還付請求権を放棄する意思表示をしていたことを認めるに足りる証拠はない。また、当時、原告が石渡製作所から賃料ないし賃料相当損害金を回収することは期待できない状況にあったとしても、被告が第三者として自ら供託したものである以上、前記の事実関係に照らし、その還付を受けることのできる信頼は保護されるべきことは、既に説示したとおりである。また、既に石渡製作所に対する本件賃料請求を棄却する別訴第一審判決が確定している以上、原告が改めて石渡製作所に対して、右請求をすることはできないのであるから、被告による供託金の取戻しを不法行為法上適法とすることが不当な結果をもたらすことは明白といわなければならない。

被告の主張は、採用することができない。

四  結論

以上の次第で、原告らの請求は、本件賃料請求部分に係る供託金の取戻行為が不法行為となるとの主張に基づく請求の限度(原告X1に対し、三五四万七四七六円、原告X2に対し、三三万四四七六円の支払を求める部分)において正当であるから認容し、その余は、いずれも理由がないから、棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 田中壮太)

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